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泥沼 [オーディオ&ビジュアル]

20年ほど前。オーディオに興味を持ったWさんが、小遣いを貯めてタンノイのスピーカーを買ったというので聴きにいった。
当時、わしもタンノイ・スターリングを使っていたがWさんが買ったのは、もうひとつ上の機種だった。わしはとても妬ましく思った。
Wさんは得意げにモーツァルトのピアノ協奏曲などを聞かせてくれたが、堂々とした音が素晴らしい。
「どや?これがホンモノのタンノイや!」
お前の持っているのは最廉価の安もんだ!と言われているようで、はらわたが煮えくり返った。
しかし、確かに我が家ではこんな重厚濃密な音は出ない。完敗だった。
Wさんのアンプはソニーの安いプリメインだったが、やはりオーディオを支配するのはスピーカーなんだなあ…と思った。わしはスピーカーより高いマッキンのアンプを使っていたので、こんなことならアンプの分もスピーカーにつぎ込めばよかった、と後悔した。
数ヶ月後、Wさんは「アンプをグレードアップして、もっといい音にするんや!」と、高級な国産セパレート・アンプを購入した。今度は借金したそうだ。
(もうすでにあんなにいい音で鳴っているんだから、アンプのグレードアップはまた小遣いを貯めてからすればいいのに)
と、わしはさらに妬んだ。ますますわしと差がついてしまうじゃないか。瞼の裏に勝ち誇って高笑いするWさんの顔が浮かんで消えた。

しかしオーディオとは上手くいかないものなのだ。
あんなに荘重華麗に鳴っていたWさんのタンノイが、アンプを変えたとたんに鳴らなくなったのだ。
「ぷ〜ぷ〜ぷぷぷ…」全ての音楽が屁のような音に聞こえるのだ。
Wさんは「何でや?何で20倍も高いアンプに変えたのに悪くなるんや?おい!電機屋!金返せ!」と半泣きで訴えた。
しかしショップの店長は涼しい顔で「いや、アンプは本領発揮するのに時間がかかりますんや。私が聴く限りでは、これはかなり可能性の高い音やから、もうちょっと我慢したらええ音になりまっせ。ええ音になるからエエジングいう専門用語もありまっせ」と応えた。
単純なWさんは「エエジングか!」と簡単に納得し、しばらくそのまま屁のような音を聴き続けた。

数ヶ月後、Wさんは二束三文でセパレート・アンプを売り飛ばし、さらに高級な海外アンプを贖った。
わしが「前のソニーでいい音が出てたのだから、ソニーに戻せばいいのに」と言うと、Wさんは顔を真っ赤にして「あっか!(ダメだ)あんな安モン!あんな安モンでタンノイが鳴るか!」と怒鳴った。
ソニーのプリメインアンプで満足していた、ほんの半年前のことを忘れてしまったのだろうか?
いやWさんはオーディオの罠に嵌ったのだ。
音質は価格に比例する(はずだ)。この度は不幸にして例外的な失敗となったが、今度こそは!
さらにショップの店長が「高級スピーカーに安モンのアンプを繋ぎ続けると、安いスピーカーになっていくんです。」と吹き込んだため、Wさんはソニーのプリメインアンプを捨ててしまった。

果たしてさらに高級な海外アンプは、タンノイを素晴らしい音で奏でたか?
確かに前よりは良くなった。
「うわ〜良くなった良くなった!」
Wさんは大満足で狂喜した。だが、わしの耳には「良くはなったが、ソニーのプリメインアンプの時と同程度」に聴こえた。
Wさん自身が喜んでいるのだから、それでいいのかもしれないが、この時、わしはオーディオの怖さを少しだけ知った。

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